「柏和会」寄稿文

柏市原爆被害者の会「柏和会」の機関誌新年号に次の文を寄稿させていただきました。

新年をご壮健でお迎えのこととお喜び申しあげます。

昨年クリスマスイブの夕、東京文化会館で行われた鄭宇と仲間たちコンサートに行きました。来場者お迎えの都合で早めに場内にいると、共演されるテノール歌手秋山 衛先生(千葉大学名誉教授)が、開場前の場内ロビーを行ったり来たり、ソファーに座ったりしてリラックスされていたので、控え室で過ごされないのですか?と声かけしました。すると、実にフランクな面持ちで、「心技体が整っていなければなりません。舞台で頑張るぞ!と気負わず、ここにいるときも、舞台に上がるときも同じ平常心でいます。」と答えられました。

「よかった」ほか三曲を熱唱され、観客はテノールの迫力に陶酔し、目にハンカチを運ぶ姿も見られました。私は先ほどロビーでさりげなく語られたときのご様子を思い浮かべつつ聞き入っていましたが、歌曲の魂が心技一体の境地にある秋山先生の心身に乗り移り、精華されほとばしり出て観客の心を震わせているのだと気付き胸を熱くしました。

司会者が秋山先生の年齢を七十五歳と明かしたとき、会場に大きなどよめきが起きました。その豊かな声量としぐさは年齢を超越していたからです。ガンと闘っている同じ年齢の私はことさら深い感銘と己への叱咤を感受しました。何者かが私に生きることの真髄を会得せしめようと暗示しているのに、心技体を整え受け入れる気構えを持っていただろうかと。心酔した聴衆の多くは明日から生きる励ましと英気を胸に灯して家路に向かわれたことでしょう。

ロビーでお話したとき、二十二曲収録のCDをいただき家で聴きました。ふりしぼり発される艶やかで生々しいテノールの味わいは、音楽に疎い私の胸に迫りました。

幼少のとき衝撃的な被災を受けてより、艱苦を乗り越え幾星霜も積み重ねて来られた柏和会の皆さまは、他の人々の有しない固有の使命を授けられているのではないでしょうか。

近時、近隣国との軋轢が顕著になり、武力による反攻も示唆する言論が横行していますが、武力の行き着くところ人類の破局にいたることを覚悟しているのでしょうか。

前述のコンサートは私が深い繋がりを持っている中国から日本人に帰化した洋琴奏者の音楽家が主催したものです。二十年来、家族同様にお付き合いしていて、平素から国情を語りあい、強い信頼関係を続けています。

柏和会の皆さましかできない平和の尊さを訴える運動が花開くことを祈念し、新年のご挨拶に代えさせていただきます。

  平成二十五年 新春